脱原発をめざす女たちの会
福島第一原発事故によって多くの人々の生活と自然とが破壊されました。「原発がなければ日本の経済活動は成り立たない」と政府・電力会社によって推進されてきた原発は、この狭い地震国に廃棄物処理のめども立たないまま、17箇所54基も乱立しています。被爆国である日本で、まず反核の運動を始めたのは女性たちでした。今再び女性たちが世界に新たな価値観を示し、原発に頼らない社会を一刻も早く実現しましょう。

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季節写真
賛同人の方へお願い 2013年12月
2017年3月17日、翌日の郡山市での「原発のない福島を!福島県民集会」参加に先立って、いわき市で石丸小四郎さんの「福島原発事故徹底講義」のお話を伺った。参加者は11人で、もったいないような中身の濃い講義だった。石丸さんは双葉郡富岡町からいわき市に避難されている。

最初に石丸さんから講義にあたっての心境が次のような言葉で語られた。原発震災当時、福島第一原発から7キロのところに住んでいた石丸さんの体験である。

「2011年3月11日、14時46分、私は薪ストーブの前にいた。何の前触れもなく激しい揺れに襲われ、ヤカンがダダダダッと激しい音を出し続けた。短周期地震動のせいなのかヤカンはストーブからおちない。とっさに火事を恐れ蓋を取りお湯を注ぎ込んだ。とにかく長く強烈な地震動がこれでもかこれでもかと続いた。

次の瞬間『短周期地震動だ。原発がヤバイ!』との思いが頭をよぎった。構造物には固有の揺れやすい周期がある。原発の周期は0.1秒から0.5秒の範囲にあり『原発はビビり振動に弱い』との思いがあったからだ。

これはのちの話だが、原子炉建屋にいた労働者が激しい揺れとともにコンクリート壁がブチブチ、ブチブチの音とともにひび割れ、建屋内部が白い幕で覆われたと語っていた。次いで、防災無線の緊迫した声で津波警報が発せられた。その日の21時ごろに原発から半径3キロ以内の住民に避難、3キロから10キロ以内には屋内退避の指示が出た。

これが終わりの見えない『原発複合災害』の始まりであった。 私は、『これまで原発ほど不条理で差別的で世代間不公平があるものは他にないと思い主張してきた』目にも見えず、臭いもしない、味もしない放射能によって、何の落ち度もない人びとがすべてを捨てて故郷を去り、子どもまでマスクをして逃げ回らなければならない。逆に、それを造り最も熱狂的に推進してきた人々が安全地帯にいて『ただちに健康に影響はない』と語っている。さらに原発から遠く離れ恩恵を享受してきたであろう人々の中に原発を増やす、現状程度と思う人が相当程度いるという。この現実を前に言うべき言葉もない。」

石丸さんたちが20年近く月刊で発行し続けている情報誌「脱原発情報」の3.11原発事故前の記事を見せてもらった。そこには福島第一原発がどんなに危険な状態であるのかが具体的に記載されている。たとえば、2010年11月28日発行の125号には、原子力安全・保安院(当時)の公表資料をもとに、「福島第一原発ダントツの被ばく線量、プルサーマルでさらに増大」と、福島原発で働いている労働者の被曝線量が全国の原発で働く労働者の被曝総量の約40%に達していると伝えている。また、同年4月以降に、電源喪失で原子炉が緊急停止したなどの重大事故が主なもので9件起きているという報告もある。さらに同年12月26日の126号では、福島原発の10基中7基が原子力安全・保安院の安全評価でレッドカード直前の「重要課題あり」評価を受けたと知らせている。すべては安全軽視で利益第一主義の東電の経営姿勢によるものである。

石丸さんのお話から、福島第一原発事故は完全な人災であることをはっきりと再認識することができた。そもそも日本列島には2000の活断層があり、世界の地震の20%が起きている。東北地方は100年に一度大地震と津波に襲われている。そこに東電が作った第一原発は、基礎版(原子炉の底面)が海抜マイナス1.32m、海抜30mのところを20m掘削し、さらに10m下げて造った。建設地は戦時中の飛行場跡地で、川筋で土地は湿潤、泥土で崩れやすい。50年前の当時、あんな所に原発を造れるのかと、佐伯正治元東電福島原発建設所長は言っていた。

全電源喪失し3基がメルトダウンした事故は人類初の経験で、推定600キロの燃料が落ちてメルトアウトしたものと思われる。事故当時、イソコンという非常用冷却装置があるにもかかわらず使い方がわからなかったのだと、東電元所長の証言がある。使い方の訓練をしていなかったのだ。その結果ベントにより排気塔から高濃度の放射能が大気中に放出された。3月12日に1号機が水素爆発し、3月14日に3号機が水素爆発した。爆発の映像写真を見ると、爆発による蒸気の上がり方に差がある。3号機の爆発の方がものすごい。これは、3号機でMOX燃料を使ったためではないかと推測している。事故の原因はまだまったく解明されていない。

福島第一原発の廃炉作業は大変な困難に直面している。過酷事故は終わっていない。 敷地内約320㎡のすべてが放射性廃棄物に覆われている。水問題など10の難問に直面している(10の課題の詳細はHP掲載の2016年11月19日集会報告の石丸さん講演を参照)。タービン建屋には超高濃度汚染水が溜まっており、地震・津波の深刻なリスク源となっていて、早急な抜き取りが必要である。345億円の国費を投入した陸側遮水壁は速い地下水の流れと埋設物で凍結せず、失敗に終わっている。石丸さんは、第一原発の敷地外に阿武隈山系の1日当たり1億トンの地下水流入を防ぐ遮水壁を造れと提唱している。除染で出た汚染土を入れたフレコンバッグは横に並べれば地球1周よりも長い。野積みされたまま劣化してきている。

県内のお母さんたちへのアンケート調査で回答された心配なこととして、健康不安、子育て不安、経済的負担、補償の不公平感、正しい情報の不足、配偶者や両親・周囲の人との認識のズレなどがあげられた。住民の分断が進められ、さらに「人が生活できる場所ではない」ところへの帰還政策がすすめられている。嘘の限りを尽くして原発を造り、事故を起こしたあげくの理不尽さに怒りが込み上げると、石丸さんはお話を締めくくった。石丸さんのお話を聞きながら、人災に対する責任をとった者が1人もいないという現状は許されない、何としても刑事責任をとらせなくては、と強く思った。
福島県民集会記事
3月18日朝、快晴で風が強い中、いわき市をバスで出発し、郡山市の開成山陸上競技場で13:15から開かれた県民大集会に参加した。集会は全員起立し、被災で亡くなった人への黙祷から始まった。

≪挨拶≫

★実行委員長の角田政志さんの挨拶。
オール福島でやっているこの県民集会は、2市、8町、2村及び地元の各新聞、放送のメディアの後援を得て行っている。いまだ8万人避難をし、被災者への偏見、いじめ、差別が続いている。原発事故の責任を、国と東電が押し付け合っている中で、昨日(3月17日)は前橋地裁で、国と東電の双方の過失を認める画期的な判決が出た。この判決を広め、国民、県民に署名集めなどをし、闘いをさら強めていく。 ★呼びかけ人挨拶は、アウシュヴィッツ平和博物館長の小渕真理さん。

三春町に「コミュタン福島(環境創造センター)」が、1017年7月にオープン。そこではふくしまの環境回復、創造に向かうため、放射線学習や体験研修が行われている。見学後は誰も放射線は怖くない、脱原発の必要はないと思わされる。私たちは、過去から学ばなければならない。いま安倍政権によって、さまざまな権利が奪われている。いろいろな人たちが共に、「原発はいらない」という1点で繋がっていきたい。

★特別ゲストは、さよなら原発1000万人署名の香山リカさん。
私は精神科医師です。福島で働く人たちからの電話相談も多く、うつ病の人たちもいて苦しんでいる。一方で国は被害にきちんと向き合おうとせず、経産省は「Fukushima Today」の明るいテレビCMを放映している。昨日は沖縄にいた。沖縄ではいくら「民意」を見せても、国はそれを踏みにじっている。福島は全国、全世界から広範な「民意」支持を受けている。福島から始まる「脱原発」に、心から連帯の挨拶をします。


≪県民からの訴え≫

★浪江町長 馬場有さん
今日は、震災から2,200日目。原発事故の負の遺産は数十年、数百年と続き、暗い影を残している。昨日の前橋地裁の判決は、津波は予見できたのに対策をしなかったと指摘した。真の原因究明がされなければいけない。信用が出来ない原発とはつきあってはいけない。①すでに決定している福島第一原発の廃炉を、完全に安全に実施する、②福島第二原発の廃炉を実現する、③日本の脱原発を福島から、この3つを目標にやっていく。

★大熊町 渡辺千恵子さん
7人家族で、震災の翌朝12日にワゴン車でひたち市に避難した。1時間のところが5時間かかった。長男は消防士として働いていたので、再会できたのは3ケ月後、父は、震災の翌年亡くなった。いま県外に避難している人たちには、3日おきに福島の新聞をとる人、死亡欄を読むという人、1日おきに手入れに家に帰る人、家は他に建てたけれど大熊に戻りたい、という人などいろいろである。

★だっぺ(DAAPE)の会 佐藤大河さん
福島市に住む。だっぺの会(DAPPE=Democracy Action to Protect Peace and Equality=平和・平等な社会を守るために行動する若者グループ 10~30代)の会のメンバーです。いま被災者が帰還しないことが、復興の妨げなっているという圧力がある。だっぺの会では、県内の若者と対話をし、353人の若者が語ってくれた。最初は電力不足を不安に思っていた若者たちも、気づいてきた。会話を重ね、可視化していくことが大切と実感。政治を人まかせにしないで、1人1人の行動が社会を変える。原発ゼロの未来を自分たちの手で作っていきたい。

「集会アピール」は、5,700人の参加者の拍手で確認され、県内、県外からの参加者の2つのコースに分かれ、市内アピール行動を行った。
「日本と原発」上映と古賀茂明さん講演会
福島の現実に向き合い、原発再稼働を止めよう!

2016年11月19日、星陵会館にて、「福島の現実に向き合い、原発再稼働を止めよう!」と題する集会を行った。当日は、戦争法に反対する総がかり行動実行委員会の国会前集会と重なったために参加者は90人と少なかったが、3人のゲストの中身の濃いお話と、福島から避難しているシンガーソングライターYUKARIさんの熱唱で、充実した集会となった。

集会の司会は、桜井純子さんと武市香織さん。
石丸小四郎さん、千葉親子さん、石川賢治さんのお話を以下に紹介する。

「過酷事故5年8か月後の今」
石丸小四郎さん(双葉地方原発反対同盟代表)のお話

 
石丸さんのお話は、2011年3月11日、福島第一原発を襲う津波の生々しい連続写真から始まった。 津波の波頭は120mの排気塔の半分まで到達した。福島第一原発の基礎版(原子炉の底)は、海抜マイナス1.32mで、アメリカ東部海岸のハリケーンのみを警戒した設計だった。

送電線鉄塔の倒壊が全電源喪失事故の始まり。非常用ディーゼル発電機は高さ4mの巨大なものだったが、津波に飲み込まれて全電源を喪失し、3基の原発がメルトダウン(核燃料が圧力容器に落ちる)した。


過酷事故は終わっていない。

1)第一原発の敷地約320万平方メートル(東京ドーム68個分)がすべて放射性物質。
最終処分場の目途は立っていない。アメリカではラスベガスから約160キロ離れた砂漠地帯のユッカマウンテン処分場建設も危険だとして、オバマは中止命令を出した。

2)”水・水・水“に翻弄され続けた5年8ヶ月。地下水1日1千トンが流れ込み、建屋へ1日400トン流入している。汚染水は1日300トンに達する。第一原発敷地は河川が幾筋も流れ、水が集まる場所。50年前、原発敷地は泥田状態だった。沼のような場所であることを東電は知っていた。海抜より低い場所に建屋がある。海を海岸から131m埋め立てて原発を作った。

3)融けた核燃料の塊(デブリ)880トンの存在がわからない。デブリは257トンと思われていたが、コンクリートで880トンになっている。政府は、デブリ取り出しが困難と言い始めた。「石棺にする」と言及したが、大量の地下水が流れ込み、汚染水を出す場所で?

4)15389体の使用済み核燃料が残り続ける。ペレット1個の死の灰の総量は約50~60兆ベクレル、約3万~5万人をガン死させる。

5)汚染水対策の切り札である遮水壁は風前の灯。 汚染水を氷の壁で囲む陸側遮水壁は、“速い地下水”と埋設物で凍結せず。国費450億円と電気代年30億円を注ぎ込んだが、7年しか持たないという。 6)敷地内の汚染水タンクは1000基を超える。 タンクの幅12m、高さ11m、これをドラム缶にいれ横に並べると約2700キロメートル、日本列島の長さを越える。 7)ガレキ総量26.4万トンが放射線を出し続ける。

8)ALPS(アルプス)等7系統で処理した廃液容器は約1960本、これからも増え続ける。

9)スカイシャイン現象等何が起きるか、わからない。環境に放出される放射性物質は、毎時3万ベクレル前後と発表されている。労働者の被ばく線量が上昇しているが、東電は原因を答えない。第一原発から水蒸気や熱気が出ている。スカイシャイン現象とは、上空に放射線が放射されたときに、空気中の気体や水蒸気の分子(原子)などにぶつかり、反射されて広く地上に降り注ぐ現象。

10 余震・津波の「リスク」源は拡大し続ける。余震で4本の120mの排気塔が倒壊する恐れ、建屋(燃料プール)が傾き、汚染水で液状化の恐れ、最悪の場合、再臨界・水蒸気爆発も。

11 「廃炉処理」何年かかるか、わからない。廃炉作業に従事する労働者は、低賃金・被曝・病気・明日が見えない暮らしで、登録者55千人のうち、現在働いているのは8千人。高齢化。人手不足で外国人労働者の受け入れや偽装請負などが増える。イギリスのタイムズ紙は、東京電力要人の発言として「事故を起こした3つの原子炉の廃炉について、それに必要な技術は今はまったくないし、そのような技術がいつどのように開発されるか、自分は知らない。200年かかるかもしれない」と伝えている。


原発は決して動かしてはならないー事故の深刻さ10の特徴

1)複合災害として原発震災が現実となった。
2)多数の原子炉が連鎖的に爆発し、広範囲に深刻な放射能汚染をもたらした。
3)多数の原発事故関連死をもたらした。
4)被曝により健康被害のリスクを拡大させた。
5)陸と海の放射能汚染により暮らしに深刻な被害をもたらしている。
6)高レベル、低レベルの放射性廃棄物の処理と捨て場所がまったく決まっていない。
7)事故処理の目途がまったくたっていない。
8)事故処理のため膨大な被曝労働が必要となっている。
9)数十兆円以上の損失をもたらしている。
10)さまざまな社会的分断・対立をもたらしている。

誰ひとり責任をとらないことは許されない。


「多発する甲状腺ガンの現状」
千葉親子(ちかこ)さん(3.11甲状腺ガン家族の会元代表世話人)のお話


放射線被ばく線量世界基準の20倍の20ミリシーベルト以下の自治体で帰還が進められ、2017年3月には、帰宅困難区域外の避難指示解除、自主避難者への住宅支援の打ち切りが示されている。甲状腺ガンや避難や保養の話をすると、「まだそんなこと言ってるの?」「大丈夫だと言ってるよ」と言われ、声に出しにくくなっている。不安に向き合うこともできない空気が蔓延している。


福島県内の甲状腺ガンの現状

 2011年から始まった県民健康調査の一巡目で、「甲状腺ガン又はガンの疑い」と診断された子どもは115人。2014年からの2巡目で59人。2016年6月30日現在174人と報告されている。3巡目を前に「過剰診断」「潜在ガンまで見つけている」と検査の縮小案が浮上しているが、県民健康調査検討委員会では10年は続けるべきとの意見が大勢だった。

 県民健康調査委員会で星座長は、「放射能の影響とは考えにくい」と、以下の理由をあげている。①被ばく線量がチェルノブイリ事故より少ない。②被爆から発がんまでの期間が1年から4年と短い。③事故から5歳以下の発見がない。④地域別に差がない。

しかし、多くの人は福島での小児甲状腺ガンの増加は原発事故に由来するものと思っている。「検査縮小」や「選択制」などの報道があるたびに、患者家族は心を痛め、大きなストレスを抱えている。

検査対象者は1次検査より2次が増えているが、受診者は3万人減っている。受診率が低下している理由は、年数が経ち18歳を越え、進学や就職で地元を離れたりすることで受診の機会を失っていると思われる。私たちが接した当事者や家族には18歳以上の発症が多くあった。社会人になった18歳以上の人に受診を促し、早期発見早期治療につながるようにすべきだ。

9月26日、27日と福島で開かれた5回目の日本財団主催の国際会議で、国際機関のメンバーから「福島はチェルノブイリとは違う」「過剰診断が起きている」との指摘があいついだ。しかし、福島の子どもたちを多く執刀している福島医科大学の鈴木眞一教授は、125例のうち121例が1センチ以上の腫瘍かリンパ節転移があり、「過剰診断とは言えない治療実態を明らかにした。手術後再発患者の存在も公式の場で初めて認めた。経過観察中に腫瘍が小さくなる例はなく、むしろ大きくなっているとも述べている。甲状腺ガンは予後がよいので取ってしまえば心配ないとか、経過観察中に消えてなくなる事例もないことがわかってきた。

福島県立医科大学付属病院に、「ふくしまいのちと未来のメディカルセンター」が12月23日にオープンする。アイソトープ治療の病棟が整備される。リンパ転移や肺転移、遠隔転移している患者に隔離病室で、ヨウ素を含む薬剤を服用するアイソトープ治療を施す施設である。隔離病室で誰とも接触できず、ヨウ素が排出されるまでの5日間、食べ物の残りや排泄物もそのまま流せず溜めて放射性廃棄物として処理すると聞いた。子どもたちが放射性ヨウ素の被曝に耐えながら隔離病室で治療を受けている様子を思ったとき、哀しく切なくなる。誰がこんな目に遭わせているのか。  2011年から始まった県民健康調査は問題が多い。甲状腺エコー検査を学校集団検診で行うが、保護者への説明はなく保護者の立ち合いもない。結果だけ数か月後に届き、詳細が知りたいときは身分を明らかにして情報開示を求める必要がある。保護者に知らされず、検診結果が医大に保管されている。A1、A2判定の人は2年後の検査になる。細胞診検査結果も術後の病理診断などはほとんど当事者に渡されていないケースもある。他の病院で診てもらおうとしても、甲状腺ガンとわかると、「医大に行ってと言われるなど、さまざまな問題が起きている。

福島県は18歳までの医療費は無料で、19歳になった人の医療費保障のための「福島県民健康調査甲状腺検査サポート事業」があるが、これは、福島県指定の医療機関か県立医大と協定を締結している医療機関以外で診療を受けている人は枠外。174人以外の枠外患者がどれほどいるのかわからない。「隠れ患者」がどれくらいいるのか、どれくらいの方が自己負担の受診を強いられているのか、わからない。

甲状腺検査まで縮小してしまったら、福島で何が起こったのかわからなくなる。ガンや被曝の不安と闘っている多くの人々の思いを無駄にしないで欲しい。


「大津地裁は高浜原発をどう止めたか」
石川賢治さん(福井原発訴訟<滋賀>弁護団事務局長)のお話


2016年3月9日、大津地裁は再稼働中の高浜原発3号機、4号機の運転禁止の仮処分を決定した。3月12日、高浜原発3号機は運転を中止した。4号機は、すでに2月29日に汚染水漏れで止まっていた。大津地裁決定は画期的な内容だった。

<運転停止を命じた大津地裁決定のポイントと特徴>

1)福島原発事故をふまえて司法のこれまでの判断枠組みを変更した

2)差し止めた理由 
a シビアアクシデント対策の不備・設計思想の問題
b 基準値振動700ガルの不十分
c 大津波の恐れ
d 使用済み燃料ピットの安全性が不十分
e 実効性のある避難計画がないこと

3)特徴
a 関西電力に高い立証のハードルを課した
b 新規制基準の不合理を明確に指摘した。
c 原発を受け入れるか否かは、専門的判断ではなく社会的判断であることを明記した。
d 思い切った判断


画期的な判断内容

これまでの裁判では、被告が立証すべきことは、規制基準が合理的であり、当該原発が規制基準に適合しているとの判断が合理的であるか否か、だけで、実質的には「当該原発が法令の規制に従って設置運転されていること」に矮小化されていた。

大津地裁決定は、被告が立証すべきことは、「原子力規制員会が関西電力に設置許可を与えた事実」だけではなく、「福島原発事故を踏まえ、原発の規制がどのように強化され、関西電力がその要請にどのように応えたか」だとした。

シビアアクシデント対策では、福島原発事故の原因を津波と決めつけていることに疑義を呈し、「原因究明が不十分なのに、この点に意を払わないのであれば、(略)そもそも新規制基準の向かう姿勢に非常に不安を覚える」「対策の見落としにより過酷事故が生じても致命的な状態に陥らないようにすることができるとの思想に立って、新規制基準を策定すべき」と述べている。

外部電源についても関西電力の対策に「これで十分か」と問い、関西電力の想定する基準値振動についても「平均性を裏付けるに足りる資料は見当たらず、関西電力の主張は採用できない」とした。大津波のおこる恐れや、使用済み燃料ピットの冷却についても、関西電力の主張を退けた。とくに、避難計画が新規制基準に含まれていないことについて、福島第一原発事故の経験に照らせば、「国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定されることが必要であり、この避難計画も視野に入れた幅広い規制基準が望まれるばかりか、それ以上に、過酷事故を経た現時点においては、そのような基準を策定すべき義務が国家には発生しているといってもよいではないだろうか」と踏み込んで述べている。

さらに、大津地裁決定は、原発を許容するか否かを決めるのは「社会一般の合意」であって、「専門家ではない」との認識を示した。


関電の異議申し立ても却下―異議審決定

大津地裁決定に対して、関西経済連合会の副会長である阪急電鉄会長の角和夫氏は、「なぜ一地裁の一人の裁判長によって、国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか」と怒りを表明したが、これこそ司法の「少数者の人権保障」という役割を理解しない発言である。

2016年7月12日、関電の異議申し立てに対して、異議審は、地裁の仮処分決定を維持する決定を下した。今、再稼働した伊方原発に対して、運転差止訴訟が3件起こされている。そのうちの1件でも勝てば、伊方原発は止まる。引き続き頑張っていこう。


集会を終えて

3人のゲストのお話とYUKARIさんの歌に、福島の厳しい現実を再認識し、その中でも再稼働を止めることができた実例におおいに励まされ、元気づけられた集会だった。集会に参加できなかった福島みずほ参議院議員からは、「脱原発は必ずできる!」というビデオ・メッセージが寄せられた。
賛同人の方へお願い 2013年12月
昨年同様、今年も賛同人の方には年度のご報告を郵送しています。
届いていないという方、転居なさった方はお手数ですが
お問い合わせフォーム」よりお送り先のご住所をお知らせください。 事務局
あなたも福島原発事故の責任を問う刑事告訴・告発にご参加を!
I女性会議の顧問で、元参議院議員(2期)、フォーラム平和・人権・環境副代表の清水澄子さんが1月14日、肺がんのため逝去されました。享年84歳。

清水さんは長年の労働運動や女性運動の経験に裏打ちされた活動家としてのアイデアパーソンぶりと、困難を突破する行動力を発揮され、私たちをいつも励まして下さいました。

これまでの活動に感謝し、心よりご冥福をお祈り致します。

なお、昨年亡くなられた「原子力発電に反対する福井県民会議」事務局長の小木曽美和子さんとは、福井時代からの長年の同志で、昨年7月に福井県で行われた小木曽さんを偲ぶ会には清水さんも参加されました。
ご冥福をお祈りいたします。
呼びかけ人見出し
吉武輝子(評論家=故人)小山内美江子(脚本家)山崎朋子(作家)田中優子(法政大学教授)香山リカ(精神科医)渡辺えり(劇作家・女優)雨宮処凛(作家・活動家)浜矩子(同志社大学大学院教授)鎌仲ひとみ(映画監督)深澤真紀(コラムニスト)倉田真由美(漫画家)纐纈あや(映画監督)古今亭菊千代(噺家)神田香織(講談師)大河原雅子(参議院議員)湯川れい子(音楽評論・作詞)藤波心(タレント)橋本美香(ミュージシャン)道浦母都子(歌人)中山千夏(作家)福島みずほ(参議院議員)林佳恵(装丁家)高田敏江(女優)岩崎加根子(劇団俳優座・女優)綿貫礼子(環境問題研究家=故人)上原公子(元国立市長)池田香代子(翻訳家)新谷のり子(歌手)渡辺一枝(作家)福士敬子(都議会議員)清水澄子(I女性会議共同代表・元参議院議員)川崎直美(オーガニックライフスタイル・Lepasmanis主宰)吉岡しげ美(音楽家)竹信三恵子(和光大教員)上野千鶴子(ウィメンズアクションネットワーク理事長)松本侑子(作家・翻訳家・日本ペンクラブ常務理事)大石芳野(写真家)枝廣淳子(環境ジャーナリスト)辛淑玉(人材育成コンサルタント)石坂啓(漫画家)きっこ(「きっこのブログ」)宇梶静江(アイヌ連絡会)松田美由紀(女優)いとうえみこ(絵本作家)羽田澄子(映画監督)朴慶南(作家)森田ゆり(エンパワメント・センター)加藤登紀子(シンガーソングライター)伊藤比呂美(詩人)

澤井正子(原子力資料情報室)大林ミカ(環境活動家)満田夏花(FoE Japan)平田仁子(気候ネットワーク)山口泰子(ふぇみん婦人民主クラブ)赤石千衣子(しんぐるまざあず・ふぉーらむ)アイリーン・美緒子・スミス(グリーン・アクション)鈴木かずえ(母・グリーンピースジャパン核・エネルギー担当)富山洋子(消費者運動)崎山比早子(高木学校)マエキタミヤコ(サステナ代表)

山口たか(福島の子どもたちを守る会・北海道)水野彰子(島根・弁護士)福武公子(もんじゅ・弁護士)小木曽美和子(原発反対福井県民会議=故人)池島芙紀子(ストップ・ざ・もんじゅ)兼松秀代(放射能のゴミはいら ない!市民ネット・岐阜)佐野けい子(浜岡・静岡市議)芦原康江(島根原発増設反対運動)竹田とし子(大間原発訴訟の会代表)小笠原厚子(大間原発反対あさこはうすの会)石丸初美(玄海原発プルサーマル裁判の会)佐原若子(六ヶ所・歯科医師)高島美登里(長島の自然を守る会・上関)武藤類子(ハイロアクション・福島)佐々木慶子(沈黙のアピール・福島)吉岡政子(釜ヶ崎「ふるさとの家」)菊川慶子(花とハーブの里・六ヶ所)中村隆子(祝島婦人会会長・祝島島民の会運営委員)島田清子(美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会)鳥原良子(川内原発建設反対連絡協議会)佐藤幸子
女達の脱原発宣言
東日本大震災と津波に起因する福島第一原発事故によって、多くの人々が家を追われ、生活を壊され、思い描いた未来を奪われました。大都市部の電力需要をまかなうために、経済難にあえぐ地方に押しつけられた原発は、計画当初から事故の危険性を指摘されてきました。しかも、放射性廃棄物を処理する方法はありません。にもかかわらず、原発を推進するために政府と電力会社などは「安全神話」を流布し、市民を欺いてきました。その結果起きたのが福島原発事故なのです。

原発推進派の人々は言います、「原発がなければ日本の経済活動は成り立たない」と。しかしそうでしょうか。原発がなくても電力は足りるという試算があります。自然エネルギーを促進することによって、さらなる電力を生み出すことも可能です。この狭い地震国に17か所54基もの原発が乱立するのは危険です。この状況は、男性優位社会における利潤追求を最善とする価値観の象徴ともいえるでしょう。

被爆国日本で反核の街頭署名にたちあがり、日本と世界に核廃絶運動を広げる原動力となったのは女性たちでした。その女性たちの力で、今再び世界に新たな価値観を示し、原発に頼らない社会を実現したいと、私たちは願っています。

危険な土地、危険な水、危険な空気を次世代に残すことはできません。福島原発事故を人類最後の原子力災害とするために、私たちは今日ここに集いました。私たちは、放射能におびえる暮らしを未来に遺すことを断固拒否し、ここに宣言します。

原発はいらない。


2011年11月23日
11.23キックオフ!「脱原発をめざす女たちの会」参加者一同
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