脱原発をめざす女たちの会
福島第一原発事故によって多くの人々の生活と自然とが破壊されました。「原発がなければ日本の経済活動は成り立たない」と政府・電力会社によって推進されてきた原発は、この狭い地震国に廃棄物処理のめども立たないまま、17箇所54基も乱立しています。被爆国である日本で、まず反核の運動を始めたのは女性たちでした。今再び女性たちが世界に新たな価値観を示し、原発に頼らない社会を一刻も早く実現しましょう。

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渡辺敦男さん講演「原発はテロや戦争により、あっという間に破壊される」報告
2018年7月13日(金)、元東芝原発設計技術者で現在は安保法制違憲訴訟の原告としても活動されている渡辺敦男さんに、「原発はテロや戦争により、あっという間に破壊される」と題してご講演いただきました。講演者の渡辺敦雄さんは、過日、安保法制違憲訴訟の法廷で、元東芝の原発設計技術者として、原発がいかに外部からの攻撃に脆弱なものであるかを具体的に証言されました。浜岡原発の映像を投影しての証言は衝撃的なもので、裁判官も身を乗り出して聞いていました。

安倍政権が煽り立てる外部からの軍事的「脅威」は現実のものとは言えませんが、安保法制により「安全になる」どころか、アメリカと一体となった日本が戦争に巻き込まれる危険性は高まっています。そんな中での原発再稼働の推進って何? 今回の講演では、元原発設計技術者ならではの視点から具体的に、「原発のどこが脆弱なのか」を分かりやすく説明していただきました。この講演を聴いて、私たちは原発のリアルな危険性を改めて認識させられました。以下、当日の渡辺さんのご講演の内容を要約します。

(渡辺敦男さん講演の要約)

最初に、私の略歴をお話します。私は1971年に大学を卒業し、東芝に入社しました。当時、福島第一の1号機はすでに動いていて、私が設計したのは3号機・5号機。あとは女川の1号機、浜岡の1・2・3号機など。ところで、何故、番号がこんなに中途半端なのか、不思議に思いませんか?今、世界的に、原発を建設するにはおよそ一兆円かかる、と言われています。そういった大きな仕事なので、原発建設は国家プロジェクト。日本だと東芝・日立・三菱と3社あって、国としては一つのメーカーだけに受注させるわけにはいかない。そこで3社で均等に配分している。

原子力の話の前に、まず危機管理の話をします。震災・津波などの災害や事故に対処するときまず重要なのは、事実を把握して、真実を見抜くこと。そうして初めて、正しく対処ができる。例えば、東日本大震災の津波の犠牲者で一番多かったのは「ろう者」だった。何故かというと、津波の警報など、最初は必ず音なので、それが聞こえないと、逃げるのが5分、10分と遅れてしまう。それが事実で、そこを押さえておかないと、正しく将来の対策が立てられない。いろんな事故や災害に学んで、真実をきちんと見抜いていく。そうすれば、最悪の事態が想像でき、自分が少しでも安心できるような行動計画・対策を立てることができる。

そういう危機管理の鉄則を理解した上で、今日の話は、安保法制が成立した今、原子力発電所がどういう位置づけになるのか、ということ。その事実を知ることで、皆さんが少しでも安心するために、どういう行動計画・対策を立てればよいか、それが分かるようになります。

では、今日の話の本論に入ります。最初に、原発の立地場所について。日本では54基のすべてが海岸にある。これがまず、日本の原発の特徴。規制庁の許可を得て、現在稼働中の原発は9基。54基に比べればずいぶん少ないが、事故後4年間、ずっとゼロだったのが、7年後の今は9基も稼働している。その安全は担保されているのか?それについて、規制委員会の田中委員長は「我々は安全を担保しているのではない」と。規制委員会は「安全委員会ではなく、規則に合っているか確認しているだけなのだ、と。これ、すごく恐ろしくないですか。現在、許可を受けて運転している原発について、原子力規制委員会の委員長は安全を保障していない、担保していない。これをまず、事実として確認する必要がある。

次に、原発は本体が破壊されなくても、冷却材の喪失により、容易に重大事故(放射能拡散)を引き起こす、ということ。また、停止中の原発でも、多量の使用済み核燃料が保管されていて、それを冷却し続けなくてはならない。これらの事実をまず、しっかりと確認しておきましょう。

次に、浜岡原発が損傷すれば、首都圏にも甚大な被害が予想される、ということ。そういうシミュレーション結果を、朝日新聞が報じた。これは後で詳しく説明します。 そして、安保法制が成立したことで、日本本土が戦争当事国として攻撃を受ける可能性が生じた。私は、原発の利用を永久に停止して、使用済み燃料は水を使わない、空気で冷やす貯蔵方法(ドライ・キャスク方式)で保存しておけば、燃料だけ保管するのであればそんなに広いスペースは要らないし、コンクリートの頑丈な建物を作っておけば地震も心配ない。これで10万年保管できる。そういう意味で、安保法制が成立する前までは、これで私も安心して死ねる、孫たちにも安全な日本を残せる、と思っていた。ところが、安保法制が成立して、私は一転、原発がテロや戦争で破壊されて甚大な被害を起こす危険性を感じ、不安に陥れられた。これが、私が安保法制違憲訴訟の原告になった理由です。

原発は何故、「安全に停止し、原子炉自体が破壊されなくても、重大な事故を引き起こす」のか?これはつまり、原子炉を冷却する冷却材がなくなってしまったら、ということです。福島原発だって、安全に停止はしたのですよ。停止してから後の冷却が問題で、あんな大事故になってしまった。

原発が運転中でなくても、使用済み燃料も大問題です。福島の4号機は停止していたのだが、使用済み燃料プールに燃料が保管してあったためにえらい騒ぎで、プールの水で冷却できなくなれば、あるいはその冷却水をさらに冷やす海水がなくなれば、爆発する。

さっき、一基の原子炉を作るのに1兆円、という話をしましたが、この1兆円のうちの7千億円くらいは、その原子炉の生涯で一度も使われない(つまり緊急事態にのみ、使われる)部分。だから使われなかったら「ああ良かった」という部分。福島原発の場合は、その部分が、緊急事態で使ってみたら動かなかった。 ここで、崩壊熱の原理を説明します。原発の中でウラン235という燃料に中性子を当てると、核分裂を起こして、例えばセシウム137とストロンチウム95になる。セシウムの方で言うと、セシウムはベータ崩壊をして、バリウム何とかになって、最終的にはバリウム137(胃のレントゲン写真で飲むもの)という安定したものになる。その途中でベータ崩壊だのガンマ崩壊だので、要は熱を発生する。この崩壊熱というのが、原子力発電の最大の特徴です。

この熱をとにかく、冷やさなくてはならない。これがどのくらいの熱かというのを分かりやすく説明すると、5年後でも3×10の五乗ワット、家庭のお風呂の20度の水が、200秒間で100度に沸騰する熱量。使用済み燃料から、これから何百年も、こういう熱が出続ける。だから今でも、事故を起こした福島原発は水びたしになっている。ずっと冷やし続けている。まあ10万年すれば熱は下がってくるのですが、いずれにしても人間が近寄れるようにはならない。とにかくすごい熱で、それだけの熱を冷やすのに、海水を持ってこなくてはいけない。冷却に失敗したら爆発してしまうから。最終的に、熱は海に捨てられる。

日本の原発は基本的には二つのタイプ、BWR(沸騰水型)とPWR(加圧水型)があるが、福島原発はすべてBWR。先ほど、原発一基で1兆円、そのうち一度も使われない部分が7千億円という話をしたが、その部分ももちろん、定期的に動かして検査は必要。定期的に検査しておかないと、さびがついたりして、いざというときに動かない。それでとにかく、原発は停止していても、ずっと冷やし続けなくてはならないから、この冷却系を破壊してしまえば、すべては終わり。原子炉の本体など、全く破壊する必要はない。BWR、PWRに関わらず、すべての原発はこのようになっている。

それで、事故のときにどうなるか、まとめるとこうです。原発は安全に停止した。しかし膨大な崩壊熱が放出され続けているので、この熱を海水に逃がさなくてはならない。その崩壊熱除去に失敗すれば、炉心が溶融し、熱と水素が発生し、爆発する。その結果、莫大な放射能が拡散され、広範囲な地域が汚染される。崩壊熱を冷却するのに、海外(フランスなど)で行われている空冷という方法もあるが、日本では広大な平地がないので、難しい。これが日本で、すべての原発が海岸にある理由です。冷却に海水が必要だからです。

さきほど「停止中の原発も安全ではない」という話をしました。どのくらい危険なのか。100KW級の原発一基は、一日運転するとヒロシマ級原爆3個分の放射性物質が発生する。一年運転すれば約千発分。それを何年も続けてきた。それだけの放射性物質が、原発には蓄えられている。福島原発事故の後、私は福島には少なくとも100年は戻れないかもしれない、と言いました。それは別に根拠なく言っているわけではなく、あの事故ではおおよそ、ヒロシマ級原爆の200発分が放出された、ということなので、単純な計算で、広島には3年で戻れたが、福島に戻るのは少なくとも100年はかかる、と。

現在の原発の使用済み燃料の状態はどうか。全国のほとんどの原発の使用済み燃料プールは、すでに満杯に近い状態です。全原発で、40万トンくらいある。これ以上運転を続ければ、使用済み燃料を置く場所を作らなくてはならないが、ずっと冷却し続けなくてはならないので、その設備を作るのが大変です。

次に、いよいよ実際に事故が起こったときの被害の問題。私、渡辺敦男は何を、不安に感じておののいているのか。これは浜岡原発の配置図ですが、浜岡はとても特殊な原子炉の配置になっています。通常は、海側に原子炉があり、タービンは山側に配置する。ところが浜岡はすべて逆で原子炉が山側にあり、冷却水をわざわざ遠回りして原子炉まで引き込んでいる。何故か。この直下に実は活断層があるからです。活断層を避けるために、こんな配置になってしまった。もう一つ、特徴としては取水口がかなり岸から遠くにある。これはこの辺りの海が遠浅だからです。ここが、テロに狙われやすい。ここを破壊して、冷却用の海水が取り込めなければ終わり。 次に、これは朝日新聞の2014年5月25日版に掲載されたものですが、浜岡で福島級の事故が起きたときの放射能拡散予測のシミュレーションです。この予測図は、何故か一ヵ月後に掲載禁止になりました。たぶん、何等かの圧力があったのではないか。このシミュレーション結果によると、東京は0.1~0.5μSv/時。放射線管理区域の基準が0.6μSv/時ですから、ほとんどそれに近い値です。そんなところに住めますか?最初に危機管理の話で申し上げたように、常に最悪の事態を想定しなくてはいけないのです。一旦、浜岡で事故が起これば、東京が住めなくなる、そういう最悪の事態を覚悟しておかなくてはならない。

ちょっと余計な話ですが、日本で何故、エアバッグとかシートベルトとか、そういう安全性を高める技術が開発されなかったのか。ご存じのように日本は高い技術力を持っています。にもかかわらず、そういう安全技術を最初に開発したのは日本ではなく、ドイツやスウェーデンの自動車メーカー。衝突はそんなに頻繁に起こるものではないが、衝突すれば最悪の事態が起こり得るから、それに備えてどうするか、と考えるのがドイツやスウェーデン、それに対して、事故は頻繁に起こらないから、そんなことは考えなくても良い、というのが日本。

それで、これは皆さん全員が同意されることと思いますが、「安保法制の成立によって、日本が戦争当事国となり、攻撃(非核攻撃)を受ける可能性が生じた」ということ。ヨーロッパの国々のように、日本もテロ攻撃を受ける可能性が出てきた。それでは、日本の原発は何か、テロ対策をやっているのか?一言でいえば、何もやっていません。原子炉も、ミサイル攻撃に対応できるような設計はしていません。 昨年、グリーンピースがフランスの原発に侵入し、(原発の無防備さを示すために)花火を打ち上げた、というニュースが報道されました。フランスの原発は、日本の原発よりも警備が厳しくて、警備員は銃も持っている。そういう厳しい警備をかいくぐって原発敷地内に侵入し、花火を打ち上げた。花火を打ち上げることができるなら、手りゅう弾を爆発させるくらい簡単にできます。フランスでさえ、こんな簡単に侵入できるのだから、日本の原発に侵入して手りゅう弾を投げることなど簡単です。ましてや日本の原発はすべて海岸にある。海から船で接近していけば、フランスなどよりもっと容易に侵入できるでしょう。

例えば浜岡原発で、手りゅう弾一発あれば簡単に破壊できる、という箇所はここ、緊急時海水取水ポンプの部分です。こういう設備は、爆発のような強い外圧に対して耐えるような設計にはなっていないので、簡単に破壊されてしまう。こんなことは、私だけが分かっていることではなくて、技術者なら誰でも分かっていることです。でも、それが分かってしまうと、何も対応できないから、誰も言わない。原発はテロ攻撃などに対して、安全な設計にはなっていない。それが、規制委員会の委員長が「安全は担保しません」と言わざるを得なかった理由でしょう。

原発のような複雑な機械を破綻させるには、全体を破壊する必要はありません。冷却系の脆弱さの話をしましたが、制御系の、電子計器などもそうです。原発を制御する計器は、耐震・耐圧設計自体が難しい。制御系は攻撃に弱いのです。制御機器系を手りゅう弾などでやられたら、それでも終わりです。今日のまとめとして私が言いたいことは、原発への侵入は簡単にできる。それはグリーンピースが証明してしまった。そして手りゅう弾程度の爆発物があれば、簡単に原発システム全体を破綻に陥れることができてしまう、ということ。原発には、そういう危険性があるということです。

安保法制は何故、問題かというと、それが「原発のフェーズアウト」を台無しにするからです。「原発のフェーズアウト」とは「原発を永久停止して、使用済み核燃料のみを管理する」、「そのために乾式貯蔵(空冷)などの技術対応をする」、「そうすれば、地震・津波などによる放射能拡散は防げる」という考えに基づく脱原発のためのステップです。これは技術的に、可能なことです。ところが、安保法制成立の結果、テロや戦争による原発への攻撃の可能性が生じてしまった。この攻撃には、核ミサイルなど必要ありません。今日、説明したように手りゅう弾を持ったテロリスト数名で実行できる。この危険性は、技術的には対応できない困難な問題なのです。

ここで、「廃炉」という言葉についてお話しておきたい。私は「廃炉」という言葉は使いたくない。「廃炉」というのは、何か「元に戻す」イメージがあるが、原発は決して「元には戻らない」のです。今日もご説明したように、膨大な使用済み燃料がある。元に戻るわけがないでしょう。だから(原発と使用済み燃料は)、静かに、安全に保管・管理しておく方法を考えるしかない。だから、私は「廃炉」と言わず、「永久停止」と言っている。

最後に、「乾式貯蔵(空冷)」の技術について。これは別に私の想像ではなくて、各電力会社で研究しているものです。中部電力のホームページにある資料で説明しますが、こういう金属の筒(ドライ・キャスク)の中に使用済み燃料を保管するようになっている。これで、原子炉一基、一年分の使用済み燃料が入ります。だから、保管に大きな設備を必要としない。水ではなく、空気で冷却します。空冷だから、設備が攻撃を受けても空気は自然に入ってくるので安全です。最初は電気を使って強制的に空気を入れて冷やさなくてはならないかもしれませんが、温度が下がってくれば自然空冷でも大丈夫だと思います。こういう方式は、中部電力だけでなく、他の電力会社も研究しています。

ということで、いろいろと説明してきましたが、ご質問もあると思いますので、これで私の説明は一旦、終わります。ご清聴ありがとうございました。

講演会「原発ゼロで日本経済は再生する」報告
講演 吉原毅さん
原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟会長 城南信用金庫相談役


2018年5月15日(火)脱原発をめざす女たちの会講演会を開催しました。講演者は原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟会長として飛び回っている吉原毅さん。平日の夕方、5時半から7時半というやや早めの時間帯でしたが、参議院議員会館会議室には国会議員や議員秘書も含めて60人を超える聴衆が集まりました。男性も多く、また、若い方々もかなり見受けられました。 講演にさきだって、「脱原発をめざす女たちの会」の呼びかけ人の一人、福島みずほ参議院議員(社民党)から、今国会に提出されている脱原発基本法の成立に向けて力を結集してゆきたいこと、近々行われる新潟県知事選に立候補予定の池田千賀子さんは柏崎刈羽原発の再稼働を許さないという立場であり、応援してゆきたいことなどの呼びかけがありました。

=== 吉原毅さんの講演 ===

自己紹介

私は2011年3月11日の東日本大震災の折には城南信用金庫の理事長をしていました。信用金庫はそもそも株主の利潤追求のための企業ではなく、地域をよくしてゆく、公益のための共同組織企業です。そのトップになった途端に大震災が起きました。私はそれまで、日本の原発は多重に防護されていて無事故と信じていましたが、なんと今までも事故は多発していたのです。報道されず、学者や委員会は嘘ばかり言っていたのです。また、原発は安全で安価で地球温暖化対策として環境に良い、とも言われていましたが、実は危険で高くつき、環境にも良くないとわかり、2017年4月に脱原発で横断的につながるための原自連(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟)を立ち上げました。

原発は危険

政治的に右とか左とかでなく、誰が見ても原発は危険でばかばかしいものです。東日本大震災の福島原発事故で空中に飛散した放射能は広島に落とされた原爆の168倍にもなります。原発は地震に弱く、今の日本では地震活動が活発化しています。活断層のないところでも地震は起きています。また、原発はテロに対しても極めて脆弱です。2、3時間の電源喪失でメルトダウンしてしまうのです。いったんメルトダウンすれば終わりというとてつもなく危険な原発で日本を守るというのは論理矛盾です。平気でこれを主張できる人たちは、お金と自己保身のために言っている、「今だけ、金だけ、自分だけ」の人たちです。対立軸は右か左かではなく、金と自己保身の人たちと、そうではなく普通に平和に暮らしていきたいという人たちとなんです。

原発はコストもかかる

原発は中途半端に維持すると最もコストがかかります。やるかやめるかのいずれかでコストは下がる。やめる方がよりコストは下がり、電気料金は安くなります。まず、維持費が不要になります。もっと問題なのは事故のコストと保管のコストです。今回の福島原発事故処理の総額は21兆円になりましたが、日本経済研究センターの試算では実態は50~70兆円、あるいはそれ以上になるとのことです。ただし、今、補償の対象となっているのは、現在の人たちですが、事故の影響は長く残り、将来生まれてくる人たちの権利も侵害され、不利益を招いています。その補償まで入れればコストはもっとふくらみます。さらに廃棄物処理の問題があります。使用済核燃料は一基の原発で一日で広島の原爆の3発分出ますが、それを10万年後まで置いておかねばなりません。この処理や保管の費用(バックエンドコスト)も、後世につけをまわしているだけでコストにカウントしていないのです。地下は全部マグマという日本にはそもそも保管場所もありません。リスクがかかってコストも高いのです。

原発は環境にも良くない

再処理で最終的に出る高濃度放射性廃液、これが非常に問題です。これはずっと冷却しておかないと沸騰して飛散する。1立方メートル飛散すると一つの県が住めなくなるくらいですが、これが今、東海村と六ケ所村に635立方メートル保存されていて、停電事故も起きています。怖い話です。こういう高濃度の放射性廃棄物を処理する過程で出る放射能は空中・水中に放出されている。再処理工場は実はとてもローテクで環境負荷の高い、最大最悪の環境汚染産業なのです。そして使用済み核燃料は六ケ所村はじめ全国の原発でもうすでに満杯です。

自然エネルギーは低コスト

現在、太陽光発電の発電コストは1キロワットで2円を切りました。風力発電も2~3円で可能です。パネルコストや工事費が下がるなどの技術革新が進み、私の計算では、人件費を除けば、自然エネルギーの発電コストは1キロワットで10円を切っています。一方、原発のコストは経産省は10円と言っていますが、バックエンドコストなどいろいろ入れれば無限大です。

自然エネルギーで経済は再生する

ですから、中国はじめ、世界では自然エネルギーは非常な勢いで伸びています。2011年には、太陽光・風力発電の発電量は原発の数分の一でしたが、2017年末には2.5倍になっています。これだけ伸びるのは、コストが安い、もうかるからなのです。世界の金融大手の投資先にもなっていますし、事業運営の自然エネルギー100%調達をめざす「RE100」には世界の大手企業が加盟しています。日本ではどうかというと加盟できない。経産省が自然エネルギーの普及を邪魔しているからです。原発を推進するために、自然エネルギーを送電線に接続させないのです。

自然エネルギーはものすごい可能性を持っています。日本は太陽光、風力、地熱、潮力どれにも恵まれています。まず、農地を使って発電できます。今、日本の農地は460万ヘクタールで、50万ヘクタールくらいが耕作放棄地になっています。農地の1/3に太陽光発電の構造物を作って直射日光を防ぎ、2/3で耕作する「ソーラーシェアリング」という方法がありますが、これは作物の生育も進めることが実証されています。発電価格と作物の増収とで、農業者の収入も大幅に増えるはずです。若い世代が農業に参入し、地域の活性化、少子高齢化対策にもつながります。

デンマークやドイツでは協同組合で会社を作って発電し、地域を活性化していますし、アフリカでも砂漠でソーラーシェアリングを行って緑化と農業の両立が進んでいます。日本でも、ソーラーシェアリングを進めることで、地域が活性化するとともに、エネルギーの自給自足ができるはずです。また、地方にそうした発電のための設備投資もされ、経済成長につながります。

原発は早く止めるにこしたことはありません。電力業界は現在10兆円の資産価値を持つ原発を止めたくはないのでしょう。しかし、バブル崩壊の折には、110兆円の不良債権が発生しましたが、その後日本経済は回復し、銀行もなんとかなっているのです。国鉄民営化では37兆円の処理がされましたが、それに比べれば原発の方向転換などどうということはない。むしろ廃炉の特需も生じます。そのうえで自然エネルギーの方向に地方が発展してゆけば、地方も銀行も誰も困りません。ここで方向転換すれば、誰もが幸せに豊かに暮らせる社会になると思います。(拍手)

講演を聴いて

城南信用金庫のパンフレットの表紙は「ソーラーシェアリング」です。吉原さんのお話からは、「今だけ、金だけ、自分だけ」のような個人の儲け追求ではなく、まともな産業を通して地域・経済を再生してゆき、まともな社会を次世代に引き継いでゆくのが公益事業体で働いてきた金融人の使命であり、喜びだという熱い思いが伝わってきました。

原発ゼロ基本法案の成立を

「脱原発をめざす女たちの会」の呼びかけ人である大河原雅子衆議院議員(立憲民主党)からも発言がありました。この3月に立憲民主党や共産党、社民党、自由党で提出した「原発ゼロ基本法案」は、単なる原発ゼロだけでなく、社会変革を実現するためのものでもある、ただちには通らないかもしれないが、全国でタウンミーティングを開き、声をあげる人たちを増やしながら何度でも出してゆきたい、とのことで決意が述べられました。
脱原発をめざす女たちの会 結成6周年集会の報告
3月16日 国道6号線沿線のフィールドワーク

2018年3月16日、県民集会の前日、「さようなら原発1000万人実行委員会」のマイクロバスで東京から福島に向かった。いわき市から海沿いの国道6号線を北上しながら被災地の現状を見学するためだ。

まず、いわき市の日本キリスト教団常磐教会にある食品放射能計測所「いのり」を訪問。「いのり」の運営委員をされている秋山胖さんと計測員の佐藤文則さんに迎えられ、説明を受ける。教会は地震で全壊したが、7年前に再建。双葉町の集会所としても使っているとのこと。食品計測の持ち込みは以前よりは少なくなっているが、今年もタケノコを5か所で計ったところ、2か所は放射能の数値が高くて食べられないものだった。

教会の一隅にある食品計測所は、自然放射能の影響を押さえ機器の精度を上げるためにコンクリート壁で囲まれている。計測の申込みは24時間受け付けていて、建物入口のポストに、検体(食品、土、液体)と申込書を入れておけば無料で計測してもらえる。ヨウ素131、セシウム134,137、カリウムを計測している。ここでは安全かどうかの判断はしていない。3~4年前には土から数万ベクレルの放射能が出た、とのこと。「不安な気持ちに寄り添うため」の活動が続けられている。

その後、秋山さんの案内で、小名浜港から塩野崎灯台を回り、国道6号線を北上する。塩野崎灯台下では家が流されたあとが更地になり、二重の堤防と防災林が作られていた。広野町―楢葉町―大熊町―富岡町―双葉町と北上するにつれ、車内で仲間たちが持ち寄った線量計の数字が上がっていく。0.1から0.5、1.36、1.57という数字も読み上げられる。

傾いたままの家、人は通れず、車のみ通行できるが車外に出てはいけない区間だ。フレコンバッグが山積みされている。JR常磐線の富岡駅は新しい駅舎が建っていたが、人の姿はない。富岡駅から浪江間は不通のままだ。浪江町から南相馬市へ。宿舎は相馬市の温泉宿「蒲庭館」。作業員の人たちが多く泊まっているようだった。

翌日、3月17日は県民集会の会場である楢葉町天神岬スポーツ公園に向かって国道6号線を南下する。南相馬市小浜地区の太田川河畔に建つ東日本大震災慰霊碑にお参り。ここは20mの津波に襲われ、7人の方が亡くなった。浪江町へ。フレコンバッグの仮置き場があちこちに作られている。帰宅困難区域の直前の立ち入り禁止区域にはガードマンが建ち、中間貯蔵施設が建設中。請戸地区を通ると、1階が吹き抜けになってしまった廃屋や瓦礫の山。請戸小学校がポツンと建っている。動いているのは工事用車両とクレーン車ばかり。請戸漁港には漁船が停まっていたが、漁はできているのだろうか?高台に新しい墓地が作られていた。津波の時、ここに逃げて来て助かったのだそうだ。昨年の3月11日にやっと建立された「浪江町東日本大震災慰霊碑」には182名の名前が刻まれていた。

双葉町に入ると、線量計の数値がまた上がっていく。無人の街に椿と白梅が咲いている。大熊町の第一原発建屋前のモニタリングポストの電光掲示板には2.329という表示が出ていた。大熊町役場入口はバリケードでふさがれていた。富岡駅の周りはフレコンバッグの山とゴミの仮設焼却施設があり、焼却炉から出る煙が立ち上っていた。第2原発前を通り、楢葉町の集会場へ向かう。

3月17日 2018原発のない福島を!県民集会

楢葉町は2015年9月に避難指示が解除された。会場の天神岬スポーツ公園は海のそばの広々とした公園だ。海風を受けながら、「日音協」の歌と「ならは天神太鼓」の演奏で集会は始まった。

実行委員長の角田政志さんが開会のあいさつ。「被災地楢葉での開催にはさまざまな意見があった。県民にはさまざまな選択があり思い悩みがある。原発災害の過酷さを見て欲しいとあえて楢葉での開催に踏み切った。集会の目的は、このすぐ近くにある福島第二原発の廃炉の実現だ。105000筆の署名を提出した。」

続いて鎌田慧さんが連帯のあいさつ。「安倍内閣を打倒できていないことに責任を感じている。原発には結論が出ているにもかかわらず、再稼働・輸出を進める安倍内閣、民主主義破壊の内閣を倒そう」と熱く訴えた。

呼びかけ人から武藤類子さんのあいさつ。「帰還・復興・未来などポジティブな言葉が飛び交っている。福島県は避難者を早くゼロにしたいと。しかし、帰還後の生活施設の整備は不十分で治安の問題、野生動物の問題がある。帰還政策は正しかったのか?国連人権理事会の日本審査では、「避難者の人権状況を改善するように」という勧告が出されている。原発敷地内の汚染水タンクは900基を超え、汚染水を海に流すしかないと自治体を説得しているが、漁業者や県民は70%が海への放出に反対している。甲状腺ガンは県民健康調査で196人に見つかっている。高校生の第一原発廃炉作業見学には驚いたが、大学でも行われている。他方、原発裁判では京都・東京の判決で国の責任が認められた。昨年6月の刑事裁判初公判で証人尋問が始まっている。この集会の楢葉町での開催には、個人的にも批判を受けた。復興事業を後押しするものだと。また、実際に身を置いて被害を感じたいという声もあった。原発事故後の世界を生きるということは、さまざまなくるおしい世界を生きるということ。分断されずに力を合わせていきたい。」武藤さんの言葉の一つひとつが胸に沁みた。

県民からの訴えの最初は、浪江町つしまから福島市に避難している三瓶春江さん。つしま原告団として裁判を行っている。海岸から離れているので津波の被害はなかったが、原発事故で、帰還困難区域となり、鍵を開けてもらわなければ墓参りにも行けない。4世代10人で同居していた家は荒れ果てている。私たちは元通りになっていないのに、なぜ原発の再稼働ができるのか。原発事故で国は国民の命最優先にはしなかった。3月14日に3号機が爆発しても避難指示は出なかった。家族は6カ所に分かれ6年間避難生活をしている。子どもたちは避難先でのいじめに遭い、浪江町つしまから来たと話せない。どんな目が向けられているか、いつも不安だ。裁判へのご理解をお願いする。」

つづいて二人の高校生平和大使からの訴え。核の被害は過去のことではない。明日起こるかもしれないこと。核兵器廃絶を願っている人々とスイスで交流した経験を活かして、自分の考えを持って、知ること、発進することをやっていきたいと。また、長崎・広島で被爆者の話を聞き、日本は平和だけど本当の平和なのか?核の傘に守られた平和なのではないか、と言われた。伝えてくれたことに心を揺さぶられた。憲法が改正されて戦争ができるようになったら、被爆者の思いはどうなるのか。核の平和利用は絶対NO!核廃絶まで自分のできることを続けていく、との力強いメッセージだった。

最後に集会アピールを採択して、2時間ほどの集会を終えた。集会途中で、司会から、「JR竜田駅から帰る人はバスがすぐに出ますから、立ち上がって急いで下さい」とのアナウンスがあり、移動手段など厳しい条件の中で開催された集会であったことがうかがわれた。参加者は3300人と発表された。海の見える展望台に上ってから会場を後にした。
賛同人の方へお願い 2013年12月
脱原発をめざす女たちの会から土井登美江さんが、ソウルで開催された「日韓市民平和シンポジウム」に報告者の一人として参加しました。以下はその報告です。

「朝鮮半島の平和と日本の平和憲法守護のための日韓市民平和シンポジウム」に参加して

3月13日、韓国・ソウル市の市庁多目的ホールで「日韓市民平和シンポジウム」が開催されました。主催は韓国側が、2016年キャンドル革命をけん引した市民運動の後継組織である「主権者全国会議」と「ソウル大学校平和統一研究院」、日本側は「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」。

主題は、1、朝鮮半島の戦争危機の阻止と日本の平和憲法を守護するための日韓市民社会の協力をどう実現するか、2、北東アジアの平和体制構築のための日韓の市民平和運動の役割と国際協力のあり方の2つ。会議は午前10時から午後6時まで、同時通訳を駆使してスピーディーで内容の濃い会議であした。私は日本側実行委員会の参加団体のひとつとして会議で報告しました。

会議は閣僚経験者の歓迎の言葉ではじまりました。基調講演では日本側は「九条の会の歩みと役割、そして展望」と題して小森陽一さん(九条の会事務局長、東京大学教授)が行いました。韓国側はイ・ブヨンさん(東アジアの平和会議代表)が「朝鮮半島の平和と東北アジア共同体」のテーマで行いました。

つづいて3つのテーマのセッションで報告と簡単な討議がありました。第1セッションは「韓日の市民運動の現況」、第2セッションは「北東アジアの平和体制構築方案」、第3セッションは「日韓市民平和運動の課題と協力方案」です。私は第2セッションで発言しました。

第2セッションでは、主題発表が川崎哲さん(核廃絶国際キャンペーン<ICAN>国際運営委員)で、「核兵器禁止条約の意義と東アジアの非核化の課題」をテーマに報告がありました。韓国側はソ・ボヒョク(ソウル大学校)が「韓半島の非核化と北東アジアの平和体制」を報告しました。北東アジアでは核兵器の危険性が高まっているからこそ親交と連帯が必要だということが強調されました。私は、脱原発をめざす女たちの会について簡単に紹介した後、福島の原発事故による被害の状況を紹介しました。そして核兵器だけでなく脱原発が核廃絶のために欠かせないことを訴えました。

会議では、最後に「日韓/韓日市民の平和宣言」を採択して終了しました。おりから平昌オリンピックをきっかけにして南北会談や米朝会談の準備が急速に進んでいます。会議に参加して、どのような平和をつくれるのかは市民の連帯のあり方と深く関わっていることを感させられました。

土井登美江

脱原発をめざす女たちの会 結成6周年集会の報告
 2017年11月25日、結成6周年集会を在日本韓国YMCAホールで開催した。今年のテーマは、「被災者には補償を!東電経営者には責任を!繰り返させない、原発事故」。2017年3月末で自主避難者への住宅支援が打ち切られ、山形では立ち退き訴訟まで起こされている。一方3月の前橋地裁判決で、東電と国の過失を認める判決が出され、当時の東電経営者3人に対する刑事裁判が始まるなど、福島原発事故を終わりにさせないたたかいも粘り強くとりくまれている。

 そんな中で、福島原発告訴団団長の武藤類子さんと、自主避難者に寄り添って支援を続けてきたフリーライターの吉田千亜さんをお招きしてお話を伺った。司会は多摩市議会議員の伊地智恭子さん。


武藤類子さんのお話し
-「福島原発事故の責任を問う刑事裁判が始まった」


 2017年6月30日、福島原発事故の刑事裁判初公判には700人の傍聴人が詰めかけた。2012年に福島地検に告訴して以来、東京地検に移送され全員不起訴となったが、検察審査会が2015年7月に2回目の起訴相当の判断を下し強制起訴となった。

 被告は東電の元幹部3人、初公判でそれぞれ無罪を主張し次のように述べた。  勝俣恒久元会長、「会長職には業務執行権限はない。原子力や津波の専門知識はなかった。だから責任はない。」

 武藤栄副社長、「大津波が来るというシミュレーションは試しの集計で、本当に来るとは思わなかったので対策をとらなかった。だから責任はない。」

 武黒一郎元副社長、「大津波の試算は検討を任せていたので詳しい記憶はない。専門家として補助する立場で権限はない。だから責任はない。」開いた口がふさがらないようなあきれた言い分だ。

検察官役の指定弁護人からは以下のような冒頭陳述を行った。2002年には、福島第一原発に10mを越える津波が襲う危険を予見することが可能だった。

2008年には東電の子会社が15.8mの津波が来るという予測も立てていた。福島第一原発は海面から10mのところに建てられているが、原発を取り囲むように10mの防潮堤を造る計画が立てられていた。これが造られていれば津波被害は防ぐことができた。しかし、これは造られなかった。対策費用を惜しんだ経営陣が握りつぶしたのだ。

 これから証人・証拠調べに入っていく。
ぜひ「福島原発刑事訴訟支援団」に入って下さい。
(支援団の連絡先等は末尾に記載)

 福島の現状は何も終わっていない。まず、大量の汚染水が溜まり続けている。原発敷地内には1000トンのタンクが1000基ある。当時の田中原子力規制員会委員長は「なぜ早く海に流さないのか。一番の障害になっているのは福島県民でしょ」と発言した。福島の海水浴場がどんどん解禁になっているのが心配だ。また、事故の時にベントに使った高さ120mの排気塔の鋼材が破断し倒壊の危険が迫っている。2013年以降、東電が規制委から求められている倒壊に係るリスク評価は未だ提出されていない。東電は「1年1回目視している」と言っている。

 2017年3月末で、放射線量が20ミリシーベルト以下になったからと言って避難指示を解除された区域が多くある。法で定められた年間1ミリシーベルトには下がっていない。避難指示を解除された区域の避難住民に対する住宅無償提供が打ち切られ、精神的損害賠償も次々に打ち切られている。健康被害についても実態はあきらかにされていない。県民健康調査に報告されなかった甲状腺ガンの子どもの例がある。

 そんな中で、復興をアピールする事業が次々と起こされている。2016年7月にオープンした福島県環境創造センターでは、交流棟(コミュタン福島)で子どもたちへの放射能教育が行われている。大型モニターに「目に見えない」放射線を「見える化」したとする映像を映し、子どもたちに放射線に向かってグー・チョキ・パーを出させる、「ベータ線をチョキで防ぎましょう」などというとんでもない教育が行われている。

原発事故後初めての高校生の福島第一原発の構内見学も行われた。16歳の女性もいた。福島大学も構内見学を授業に取り入れることになったという。飯館村・村議会・福島大学が協定を結び「復興連携プログラム」を実施すると言う。飯館村には田や畑にフレコンバッグが積み上げられているというのに、学生が村内で地域おこしに取り組むと。福島県イノベーション構想など、福島原発事故をなかったことにするような復興計画が進められている。その中での人権侵害に声をあげていかなければならない。

福島原発刑事訴訟支援団に入って下さい。
http://shien-dan.org/
TEL:080-5739-7279 e-mail:info@shien-dan.org
カンパ 郵便振替口座 02230-9-120291 福島原発刑事訴訟支援団


吉田千亜さんのお話し
「消されゆく被害、避難者の貧困、除染打ち切りの福島」


 原発事故の被害って何かと考える時に大切なことは、①被害とは何か、それは土地・コミュニティ・暮らしだけではなく、夢や未来など続くはずだったものが断ち切られたこと ②被害を誰が決めるのか、暮らしや土地、夢や未来が奪われたと思えば、そう思うみんなが被害者ではないか、ということ。政府が被害の基準とする年間20ミリシーベルトってなんだ? もともとは一般公衆の被ばく限度は年間1ミリシーベルトという規制があった。

それは内部被ばくと外部被ばくの合計だが、原発事故後に内務被ばくは無視され、外部被ばくだけで大人も子どもも年間20ミリシーベルトまで被ばくしてもいいことになった。2011年の事故直後に学校の校庭で、3.8マイクロシーベルトでも利用可とされたが、それは事故前の10倍の数字だった。放射線業務従事者の年間被ばく平均は0.22ミリシーベルトで、福島県ではその100倍が一般公衆に許容されている。

 郡山市や白河市で実際に測定したホットスポットを示す。「除染で数値は下がるというけれど・・・」下がっていない場所がある。(2015年から2017年の測定場所と数値を示す。)
除染で出た汚染土壌の詰め替え作業が公園で行われている。公園は立ち入り禁止にはなっていない。2017年4月以降、除染計画も縮小され、昨年度まではホットスポットを役所に通知すれば除染していたが、今年度からはやってくれなくなっている。

 政府や県は事故が終わったことを示すためには、フレコンバッグをなくすこと、避難者がいなくなること、町に人が戻ること、だと考えている。そのために、2017年3月以降、避難者数が減らされている。借り上げ住宅から退去した人で、自力で家賃を支払って避難退去している人が市町村の窓口で削除されている可能性がある。避難者数を施設別に数えているため、借り上げや仮設住宅の退去によってどうなるか?避難者数は被害の規模を示し、少なく見せることで復興が進んでいることにするということ。
 避難者とは誰か? 復興庁は、「避難者とは、東日本大震災をきっかけに住居の移転を行い、その後、前の住居に戻る意思を有する者です(2014年8月)」と述べ、「避難指示区域の町民・村民、自主避難区域の場合、住民票を移動せずに住まいを移した人」と規定している。

しかし、避難者や世間の認識は「原発事故により避難した人」であり、「戻る」「戻らない」に限らない。避難者は個別の経済事情や家族事情を抱え、時間の経過もあり、現在地がバラバラだ。避難者支援とは生活困窮支援であり、住宅費は打ち切らないことしかありえなかった。立ち退き訴訟にあった避難者は、被害者である自分が被告席に立たされることについて、「性被害に遭った人ってこんな気持ちなんじゃないか」と語っている。避難の協同センターの事例では、ハローワークでの住居確保給付金や生活保護、地域社協での支援やフードバンクなどで支えている。

 国の描く復興とは、「帰る人」が「良い住民」、「寄り添う」という言葉の裏で排除される人びと、「まだ帰れない」「もう一度除染して欲しい」「借上げ、仮設にまだ住んでいたい」「解除は時期尚早」「被ばくしたくない」という声を無視する。「帰る」と「帰らない」の間の「待つ」支援・保障や制度づくりがない。多様性がない。「帰らない人は住民ではない」と避難を移住と決めつける。「あと〇年は避難したい」に対して、猶予を設けず一斉に行う。「人」より「予算・箱もの」、「希望の言葉で被害を隠す。

 問われていることは、原発事故の影響は長期かつ広域であり、それにどう対応するかということ。判断を「待つ」支援が必要である。二者択一ではない「第三の道」が必要である。たとえば、二重住民票(日本学術会議)やふるさと住民票(日本構想)という考え方もある。子どもを守ることと、復興を分けて考えて欲しかったと思う。

 武藤類子さんと吉田千亜さんのお話は、具体的で切実な課題をわかりやすく伝えて下さった。もっと聞きたい、深く知りたいと思うお話だった。

 このあと、集会に参加できなかった福島みずほさんのビデオメッセージが紹介され、集会を終えた。集会の参加者は90人。もっと多くの人に聞いて欲しい内容だった。2020年東京オリンピックに向けて、福島原発事故は終わったという「復興」キャンペーンが大々的に繰り広げられるだろう。その中で進行する健康被害・人権侵害にきちんと目を向け、被害者には補償を、事故責任者には責任をとらせていかねば、という思いをあらたにした集会だった。
賛同人の方へお願い 2013年12月
昨年同様、今年も賛同人の方には年度のご報告を郵送しています。
届いていないという方、転居なさった方はお手数ですが
お問い合わせフォーム」よりお送り先のご住所をお知らせください。 事務局
あなたも福島原発事故の責任を問う刑事告訴・告発にご参加を!
I女性会議の顧問で、元参議院議員(2期)、フォーラム平和・人権・環境副代表の清水澄子さんが1月14日、肺がんのため逝去されました。享年84歳。

清水さんは長年の労働運動や女性運動の経験に裏打ちされた活動家としてのアイデアパーソンぶりと、困難を突破する行動力を発揮され、私たちをいつも励まして下さいました。

これまでの活動に感謝し、心よりご冥福をお祈り致します。

なお、昨年亡くなられた「原子力発電に反対する福井県民会議」事務局長の小木曽美和子さんとは、福井時代からの長年の同志で、昨年7月に福井県で行われた小木曽さんを偲ぶ会には清水さんも参加されました。
ご冥福をお祈りいたします。
呼びかけ人見出し
吉武輝子(評論家=故人)小山内美江子(脚本家)山崎朋子(作家)田中優子(法政大学教授)香山リカ(精神科医)渡辺えり(劇作家・女優)雨宮処凛(作家・活動家)浜矩子(同志社大学大学院教授)鎌仲ひとみ(映画監督)深澤真紀(コラムニスト)倉田真由美(漫画家)纐纈あや(映画監督)古今亭菊千代(噺家)神田香織(講談師)大河原雅子(参議院議員)湯川れい子(音楽評論・作詞)藤波心(タレント)橋本美香(ミュージシャン)道浦母都子(歌人)中山千夏(作家)福島みずほ(参議院議員)林佳恵(装丁家)高田敏江(女優)岩崎加根子(劇団俳優座・女優)綿貫礼子(環境問題研究家=故人)上原公子(元国立市長)池田香代子(翻訳家)新谷のり子(歌手)渡辺一枝(作家)福士敬子(都議会議員)清水澄子(I女性会議共同代表・元参議院議員)川崎直美(オーガニックライフスタイル・Lepasmanis主宰)吉岡しげ美(音楽家)竹信三恵子(和光大教員)上野千鶴子(ウィメンズアクションネットワーク理事長)松本侑子(作家・翻訳家・日本ペンクラブ常務理事)大石芳野(写真家)枝廣淳子(環境ジャーナリスト)辛淑玉(人材育成コンサルタント)石坂啓(漫画家)きっこ(「きっこのブログ」)宇梶静江(アイヌ連絡会)松田美由紀(女優)いとうえみこ(絵本作家)羽田澄子(映画監督)朴慶南(作家)森田ゆり(エンパワメント・センター)加藤登紀子(シンガーソングライター)伊藤比呂美(詩人)

澤井正子(原子力資料情報室)大林ミカ(環境活動家)満田夏花(FoE Japan)平田仁子(気候ネットワーク)山口泰子(ふぇみん婦人民主クラブ)赤石千衣子(しんぐるまざあず・ふぉーらむ)アイリーン・美緒子・スミス(グリーン・アクション)鈴木かずえ(母・グリーンピースジャパン核・エネルギー担当)富山洋子(消費者運動)崎山比早子(高木学校)マエキタミヤコ(サステナ代表)

山口たか(福島の子どもたちを守る会・北海道)水野彰子(島根・弁護士)福武公子(もんじゅ・弁護士)小木曽美和子(原発反対福井県民会議=故人)池島芙紀子(ストップ・ざ・もんじゅ)兼松秀代(放射能のゴミはいら ない!市民ネット・岐阜)佐野けい子(浜岡・静岡市議)芦原康江(島根原発増設反対運動)竹田とし子(大間原発訴訟の会代表)小笠原厚子(大間原発反対あさこはうすの会)石丸初美(玄海原発プルサーマル裁判の会)佐原若子(六ヶ所・歯科医師)高島美登里(長島の自然を守る会・上関)武藤類子(ハイロアクション・福島)佐々木慶子(沈黙のアピール・福島)吉岡政子(釜ヶ崎「ふるさとの家」)菊川慶子(花とハーブの里・六ヶ所)中村隆子(祝島婦人会会長・祝島島民の会運営委員)島田清子(美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会)鳥原良子(川内原発建設反対連絡協議会)佐藤幸子
女達の脱原発宣言
東日本大震災と津波に起因する福島第一原発事故によって、多くの人々が家を追われ、生活を壊され、思い描いた未来を奪われました。大都市部の電力需要をまかなうために、経済難にあえぐ地方に押しつけられた原発は、計画当初から事故の危険性を指摘されてきました。しかも、放射性廃棄物を処理する方法はありません。にもかかわらず、原発を推進するために政府と電力会社などは「安全神話」を流布し、市民を欺いてきました。その結果起きたのが福島原発事故なのです。

原発推進派の人々は言います、「原発がなければ日本の経済活動は成り立たない」と。しかしそうでしょうか。原発がなくても電力は足りるという試算があります。自然エネルギーを促進することによって、さらなる電力を生み出すことも可能です。この狭い地震国に17か所54基もの原発が乱立するのは危険です。この状況は、男性優位社会における利潤追求を最善とする価値観の象徴ともいえるでしょう。

被爆国日本で反核の街頭署名にたちあがり、日本と世界に核廃絶運動を広げる原動力となったのは女性たちでした。その女性たちの力で、今再び世界に新たな価値観を示し、原発に頼らない社会を実現したいと、私たちは願っています。

危険な土地、危険な水、危険な空気を次世代に残すことはできません。福島原発事故を人類最後の原子力災害とするために、私たちは今日ここに集いました。私たちは、放射能におびえる暮らしを未来に遺すことを断固拒否し、ここに宣言します。

原発はいらない。


2011年11月23日
11.23キックオフ!「脱原発をめざす女たちの会」参加者一同
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