脱原発をめざす女たちの会
福島第一原発事故によって多くの人々の生活と自然とが破壊されました。「原発がなければ日本の経済活動は成り立たない」と政府・電力会社によって推進されてきた原発は、この狭い地震国に廃棄物処理のめども立たないまま、17箇所54基も乱立しています。被爆国である日本で、まず反核の運動を始めたのは女性たちでした。今再び女性たちが世界に新たな価値観を示し、原発に頼らない社会を一刻も早く実現しましょう。

あなたも賛同人になってください。各集会への参加もお待ちしております!
季節写真
脱原発をめざす女たちの会 結成6周年集会の報告
「原発ゼロで日本経済は再生する」
講演 吉原毅さん
原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟会長 城南信用金庫相談役

発言 原発ゼロ基本法の現状 国会議員から
福島原発事故から7年、政府は原発を再稼動させ基幹エネルギーの一つという位置づけをかえていません。しかし世界では自然エネルギーによる発電が飛躍的に拡大しています。エネルギー小国と言われ続けてきた日本ですが、自然エネルギー発電の可能性は大きいものがあります。自然エネルギー研究や事業に取り組み、原発ゼロ法案を提案してきた吉原毅さんをお招きし、21世紀のエネルギー開発と経済の展望をお話しいただきます。ぜひご参加ください。
脱原発をめざす女たちの会 結成6周年集会の報告
3月16日 国道6号線沿線のフィールドワーク

2018年3月16日、県民集会の前日、「さようなら原発1000万人実行委員会」のマイクロバスで東京から福島に向かった。いわき市から海沿いの国道6号線を北上しながら被災地の現状を見学するためだ。

まず、いわき市の日本キリスト教団常磐教会にある食品放射能計測所「いのり」を訪問。「いのり」の運営委員をされている秋山胖さんと計測員の佐藤文則さんに迎えられ、説明を受ける。教会は地震で全壊したが、7年前に再建。双葉町の集会所としても使っているとのこと。食品計測の持ち込みは以前よりは少なくなっているが、今年もタケノコを5か所で計ったところ、2か所は放射能の数値が高くて食べられないものだった。

教会の一隅にある食品計測所は、自然放射能の影響を押さえ機器の精度を上げるためにコンクリート壁で囲まれている。計測の申込みは24時間受け付けていて、建物入口のポストに、検体(食品、土、液体)と申込書を入れておけば無料で計測してもらえる。ヨウ素131、セシウム134,137、カリウムを計測している。ここでは安全かどうかの判断はしていない。3~4年前には土から数万ベクレルの放射能が出た、とのこと。「不安な気持ちに寄り添うため」の活動が続けられている。

その後、秋山さんの案内で、小名浜港から塩野崎灯台を回り、国道6号線を北上する。塩野崎灯台下では家が流されたあとが更地になり、二重の堤防と防災林が作られていた。広野町―楢葉町―大熊町―富岡町―双葉町と北上するにつれ、車内で仲間たちが持ち寄った線量計の数字が上がっていく。0.1から0.5、1.36、1.57という数字も読み上げられる。

傾いたままの家、人は通れず、車のみ通行できるが車外に出てはいけない区間だ。フレコンバッグが山積みされている。JR常磐線の富岡駅は新しい駅舎が建っていたが、人の姿はない。富岡駅から浪江間は不通のままだ。浪江町から南相馬市へ。宿舎は相馬市の温泉宿「蒲庭館」。作業員の人たちが多く泊まっているようだった。

翌日、3月17日は県民集会の会場である楢葉町天神岬スポーツ公園に向かって国道6号線を南下する。南相馬市小浜地区の太田川河畔に建つ東日本大震災慰霊碑にお参り。ここは20mの津波に襲われ、7人の方が亡くなった。浪江町へ。フレコンバッグの仮置き場があちこちに作られている。帰宅困難区域の直前の立ち入り禁止区域にはガードマンが建ち、中間貯蔵施設が建設中。請戸地区を通ると、1階が吹き抜けになってしまった廃屋や瓦礫の山。請戸小学校がポツンと建っている。動いているのは工事用車両とクレーン車ばかり。請戸漁港には漁船が停まっていたが、漁はできているのだろうか?高台に新しい墓地が作られていた。津波の時、ここに逃げて来て助かったのだそうだ。昨年の3月11日にやっと建立された「浪江町東日本大震災慰霊碑」には182名の名前が刻まれていた。

双葉町に入ると、線量計の数値がまた上がっていく。無人の街に椿と白梅が咲いている。大熊町の第一原発建屋前のモニタリングポストの電光掲示板には2.329という表示が出ていた。大熊町役場入口はバリケードでふさがれていた。富岡駅の周りはフレコンバッグの山とゴミの仮設焼却施設があり、焼却炉から出る煙が立ち上っていた。第2原発前を通り、楢葉町の集会場へ向かう。

3月17日 2018原発のない福島を!県民集会

楢葉町は2015年9月に避難指示が解除された。会場の天神岬スポーツ公園は海のそばの広々とした公園だ。海風を受けながら、「日音協」の歌と「ならは天神太鼓」の演奏で集会は始まった。

実行委員長の角田政志さんが開会のあいさつ。「被災地楢葉での開催にはさまざまな意見があった。県民にはさまざまな選択があり思い悩みがある。原発災害の過酷さを見て欲しいとあえて楢葉での開催に踏み切った。集会の目的は、このすぐ近くにある福島第二原発の廃炉の実現だ。105000筆の署名を提出した。」

続いて鎌田慧さんが連帯のあいさつ。「安倍内閣を打倒できていないことに責任を感じている。原発には結論が出ているにもかかわらず、再稼働・輸出を進める安倍内閣、民主主義破壊の内閣を倒そう」と熱く訴えた。

呼びかけ人から武藤類子さんのあいさつ。「帰還・復興・未来などポジティブな言葉が飛び交っている。福島県は避難者を早くゼロにしたいと。しかし、帰還後の生活施設の整備は不十分で治安の問題、野生動物の問題がある。帰還政策は正しかったのか?国連人権理事会の日本審査では、「避難者の人権状況を改善するように」という勧告が出されている。原発敷地内の汚染水タンクは900基を超え、汚染水を海に流すしかないと自治体を説得しているが、漁業者や県民は70%が海への放出に反対している。甲状腺ガンは県民健康調査で196人に見つかっている。高校生の第一原発廃炉作業見学には驚いたが、大学でも行われている。他方、原発裁判では京都・東京の判決で国の責任が認められた。昨年6月の刑事裁判初公判で証人尋問が始まっている。この集会の楢葉町での開催には、個人的にも批判を受けた。復興事業を後押しするものだと。また、実際に身を置いて被害を感じたいという声もあった。原発事故後の世界を生きるということは、さまざまなくるおしい世界を生きるということ。分断されずに力を合わせていきたい。」武藤さんの言葉の一つひとつが胸に沁みた。

県民からの訴えの最初は、浪江町つしまから福島市に避難している三瓶春江さん。つしま原告団として裁判を行っている。海岸から離れているので津波の被害はなかったが、原発事故で、帰還困難区域となり、鍵を開けてもらわなければ墓参りにも行けない。4世代10人で同居していた家は荒れ果てている。私たちは元通りになっていないのに、なぜ原発の再稼働ができるのか。原発事故で国は国民の命最優先にはしなかった。3月14日に3号機が爆発しても避難指示は出なかった。家族は6カ所に分かれ6年間避難生活をしている。子どもたちは避難先でのいじめに遭い、浪江町つしまから来たと話せない。どんな目が向けられているか、いつも不安だ。裁判へのご理解をお願いする。」

つづいて二人の高校生平和大使からの訴え。核の被害は過去のことではない。明日起こるかもしれないこと。核兵器廃絶を願っている人々とスイスで交流した経験を活かして、自分の考えを持って、知ること、発進することをやっていきたいと。また、長崎・広島で被爆者の話を聞き、日本は平和だけど本当の平和なのか?核の傘に守られた平和なのではないか、と言われた。伝えてくれたことに心を揺さぶられた。憲法が改正されて戦争ができるようになったら、被爆者の思いはどうなるのか。核の平和利用は絶対NO!核廃絶まで自分のできることを続けていく、との力強いメッセージだった。

最後に集会アピールを採択して、2時間ほどの集会を終えた。集会途中で、司会から、「JR竜田駅から帰る人はバスがすぐに出ますから、立ち上がって急いで下さい」とのアナウンスがあり、移動手段など厳しい条件の中で開催された集会であったことがうかがわれた。参加者は3300人と発表された。海の見える展望台に上ってから会場を後にした。
賛同人の方へお願い 2013年12月
脱原発をめざす女たちの会から土井登美江さんが、ソウルで開催された「日韓市民平和シンポジウム」に報告者の一人として参加しました。以下はその報告です。

「朝鮮半島の平和と日本の平和憲法守護のための日韓市民平和シンポジウム」に参加して

3月13日、韓国・ソウル市の市庁多目的ホールで「日韓市民平和シンポジウム」が開催されました。主催は韓国側が、2016年キャンドル革命をけん引した市民運動の後継組織である「主権者全国会議」と「ソウル大学校平和統一研究院」、日本側は「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」。

主題は、1、朝鮮半島の戦争危機の阻止と日本の平和憲法を守護するための日韓市民社会の協力をどう実現するか、2、北東アジアの平和体制構築のための日韓の市民平和運動の役割と国際協力のあり方の2つ。会議は午前10時から午後6時まで、同時通訳を駆使してスピーディーで内容の濃い会議であした。私は日本側実行委員会の参加団体のひとつとして会議で報告しました。

会議は閣僚経験者の歓迎の言葉ではじまりました。基調講演では日本側は「九条の会の歩みと役割、そして展望」と題して小森陽一さん(九条の会事務局長、東京大学教授)が行いました。韓国側はイ・ブヨンさん(東アジアの平和会議代表)が「朝鮮半島の平和と東北アジア共同体」のテーマで行いました。

つづいて3つのテーマのセッションで報告と簡単な討議がありました。第1セッションは「韓日の市民運動の現況」、第2セッションは「北東アジアの平和体制構築方案」、第3セッションは「日韓市民平和運動の課題と協力方案」です。私は第2セッションで発言しました。

第2セッションでは、主題発表が川崎哲さん(核廃絶国際キャンペーン<ICAN>国際運営委員)で、「核兵器禁止条約の意義と東アジアの非核化の課題」をテーマに報告がありました。韓国側はソ・ボヒョク(ソウル大学校)が「韓半島の非核化と北東アジアの平和体制」を報告しました。北東アジアでは核兵器の危険性が高まっているからこそ親交と連帯が必要だということが強調されました。私は、脱原発をめざす女たちの会について簡単に紹介した後、福島の原発事故による被害の状況を紹介しました。そして核兵器だけでなく脱原発が核廃絶のために欠かせないことを訴えました。

会議では、最後に「日韓/韓日市民の平和宣言」を採択して終了しました。おりから平昌オリンピックをきっかけにして南北会談や米朝会談の準備が急速に進んでいます。会議に参加して、どのような平和をつくれるのかは市民の連帯のあり方と深く関わっていることを感させられました。

土井登美江

脱原発をめざす女たちの会 結成6周年集会の報告
 2017年11月25日、結成6周年集会を在日本韓国YMCAホールで開催した。今年のテーマは、「被災者には補償を!東電経営者には責任を!繰り返させない、原発事故」。2017年3月末で自主避難者への住宅支援が打ち切られ、山形では立ち退き訴訟まで起こされている。一方3月の前橋地裁判決で、東電と国の過失を認める判決が出され、当時の東電経営者3人に対する刑事裁判が始まるなど、福島原発事故を終わりにさせないたたかいも粘り強くとりくまれている。

 そんな中で、福島原発告訴団団長の武藤類子さんと、自主避難者に寄り添って支援を続けてきたフリーライターの吉田千亜さんをお招きしてお話を伺った。司会は多摩市議会議員の伊地智恭子さん。


武藤類子さんのお話し
-「福島原発事故の責任を問う刑事裁判が始まった」


 2017年6月30日、福島原発事故の刑事裁判初公判には700人の傍聴人が詰めかけた。2012年に福島地検に告訴して以来、東京地検に移送され全員不起訴となったが、検察審査会が2015年7月に2回目の起訴相当の判断を下し強制起訴となった。

 被告は東電の元幹部3人、初公判でそれぞれ無罪を主張し次のように述べた。  勝俣恒久元会長、「会長職には業務執行権限はない。原子力や津波の専門知識はなかった。だから責任はない。」

 武藤栄副社長、「大津波が来るというシミュレーションは試しの集計で、本当に来るとは思わなかったので対策をとらなかった。だから責任はない。」

 武黒一郎元副社長、「大津波の試算は検討を任せていたので詳しい記憶はない。専門家として補助する立場で権限はない。だから責任はない。」開いた口がふさがらないようなあきれた言い分だ。

検察官役の指定弁護人からは以下のような冒頭陳述を行った。2002年には、福島第一原発に10mを越える津波が襲う危険を予見することが可能だった。

2008年には東電の子会社が15.8mの津波が来るという予測も立てていた。福島第一原発は海面から10mのところに建てられているが、原発を取り囲むように10mの防潮堤を造る計画が立てられていた。これが造られていれば津波被害は防ぐことができた。しかし、これは造られなかった。対策費用を惜しんだ経営陣が握りつぶしたのだ。

 これから証人・証拠調べに入っていく。
ぜひ「福島原発刑事訴訟支援団」に入って下さい。
(支援団の連絡先等は末尾に記載)

 福島の現状は何も終わっていない。まず、大量の汚染水が溜まり続けている。原発敷地内には1000トンのタンクが1000基ある。当時の田中原子力規制員会委員長は「なぜ早く海に流さないのか。一番の障害になっているのは福島県民でしょ」と発言した。福島の海水浴場がどんどん解禁になっているのが心配だ。また、事故の時にベントに使った高さ120mの排気塔の鋼材が破断し倒壊の危険が迫っている。2013年以降、東電が規制委から求められている倒壊に係るリスク評価は未だ提出されていない。東電は「1年1回目視している」と言っている。

 2017年3月末で、放射線量が20ミリシーベルト以下になったからと言って避難指示を解除された区域が多くある。法で定められた年間1ミリシーベルトには下がっていない。避難指示を解除された区域の避難住民に対する住宅無償提供が打ち切られ、精神的損害賠償も次々に打ち切られている。健康被害についても実態はあきらかにされていない。県民健康調査に報告されなかった甲状腺ガンの子どもの例がある。

 そんな中で、復興をアピールする事業が次々と起こされている。2016年7月にオープンした福島県環境創造センターでは、交流棟(コミュタン福島)で子どもたちへの放射能教育が行われている。大型モニターに「目に見えない」放射線を「見える化」したとする映像を映し、子どもたちに放射線に向かってグー・チョキ・パーを出させる、「ベータ線をチョキで防ぎましょう」などというとんでもない教育が行われている。

原発事故後初めての高校生の福島第一原発の構内見学も行われた。16歳の女性もいた。福島大学も構内見学を授業に取り入れることになったという。飯館村・村議会・福島大学が協定を結び「復興連携プログラム」を実施すると言う。飯館村には田や畑にフレコンバッグが積み上げられているというのに、学生が村内で地域おこしに取り組むと。福島県イノベーション構想など、福島原発事故をなかったことにするような復興計画が進められている。その中での人権侵害に声をあげていかなければならない。

福島原発刑事訴訟支援団に入って下さい。
http://shien-dan.org/
TEL:080-5739-7279 e-mail:info@shien-dan.org
カンパ 郵便振替口座 02230-9-120291 福島原発刑事訴訟支援団


吉田千亜さんのお話し
「消されゆく被害、避難者の貧困、除染打ち切りの福島」


 原発事故の被害って何かと考える時に大切なことは、①被害とは何か、それは土地・コミュニティ・暮らしだけではなく、夢や未来など続くはずだったものが断ち切られたこと ②被害を誰が決めるのか、暮らしや土地、夢や未来が奪われたと思えば、そう思うみんなが被害者ではないか、ということ。政府が被害の基準とする年間20ミリシーベルトってなんだ? もともとは一般公衆の被ばく限度は年間1ミリシーベルトという規制があった。

それは内部被ばくと外部被ばくの合計だが、原発事故後に内務被ばくは無視され、外部被ばくだけで大人も子どもも年間20ミリシーベルトまで被ばくしてもいいことになった。2011年の事故直後に学校の校庭で、3.8マイクロシーベルトでも利用可とされたが、それは事故前の10倍の数字だった。放射線業務従事者の年間被ばく平均は0.22ミリシーベルトで、福島県ではその100倍が一般公衆に許容されている。

 郡山市や白河市で実際に測定したホットスポットを示す。「除染で数値は下がるというけれど・・・」下がっていない場所がある。(2015年から2017年の測定場所と数値を示す。)
除染で出た汚染土壌の詰め替え作業が公園で行われている。公園は立ち入り禁止にはなっていない。2017年4月以降、除染計画も縮小され、昨年度まではホットスポットを役所に通知すれば除染していたが、今年度からはやってくれなくなっている。

 政府や県は事故が終わったことを示すためには、フレコンバッグをなくすこと、避難者がいなくなること、町に人が戻ること、だと考えている。そのために、2017年3月以降、避難者数が減らされている。借り上げ住宅から退去した人で、自力で家賃を支払って避難退去している人が市町村の窓口で削除されている可能性がある。避難者数を施設別に数えているため、借り上げや仮設住宅の退去によってどうなるか?避難者数は被害の規模を示し、少なく見せることで復興が進んでいることにするということ。
 避難者とは誰か? 復興庁は、「避難者とは、東日本大震災をきっかけに住居の移転を行い、その後、前の住居に戻る意思を有する者です(2014年8月)」と述べ、「避難指示区域の町民・村民、自主避難区域の場合、住民票を移動せずに住まいを移した人」と規定している。

しかし、避難者や世間の認識は「原発事故により避難した人」であり、「戻る」「戻らない」に限らない。避難者は個別の経済事情や家族事情を抱え、時間の経過もあり、現在地がバラバラだ。避難者支援とは生活困窮支援であり、住宅費は打ち切らないことしかありえなかった。立ち退き訴訟にあった避難者は、被害者である自分が被告席に立たされることについて、「性被害に遭った人ってこんな気持ちなんじゃないか」と語っている。避難の協同センターの事例では、ハローワークでの住居確保給付金や生活保護、地域社協での支援やフードバンクなどで支えている。

 国の描く復興とは、「帰る人」が「良い住民」、「寄り添う」という言葉の裏で排除される人びと、「まだ帰れない」「もう一度除染して欲しい」「借上げ、仮設にまだ住んでいたい」「解除は時期尚早」「被ばくしたくない」という声を無視する。「帰る」と「帰らない」の間の「待つ」支援・保障や制度づくりがない。多様性がない。「帰らない人は住民ではない」と避難を移住と決めつける。「あと〇年は避難したい」に対して、猶予を設けず一斉に行う。「人」より「予算・箱もの」、「希望の言葉で被害を隠す。

 問われていることは、原発事故の影響は長期かつ広域であり、それにどう対応するかということ。判断を「待つ」支援が必要である。二者択一ではない「第三の道」が必要である。たとえば、二重住民票(日本学術会議)やふるさと住民票(日本構想)という考え方もある。子どもを守ることと、復興を分けて考えて欲しかったと思う。

 武藤類子さんと吉田千亜さんのお話は、具体的で切実な課題をわかりやすく伝えて下さった。もっと聞きたい、深く知りたいと思うお話だった。

 このあと、集会に参加できなかった福島みずほさんのビデオメッセージが紹介され、集会を終えた。集会の参加者は90人。もっと多くの人に聞いて欲しい内容だった。2020年東京オリンピックに向けて、福島原発事故は終わったという「復興」キャンペーンが大々的に繰り広げられるだろう。その中で進行する健康被害・人権侵害にきちんと目を向け、被害者には補償を、事故責任者には責任をとらせていかねば、という思いをあらたにした集会だった。
賛同人の方へお願い 2013年12月
昨年同様、今年も賛同人の方には年度のご報告を郵送しています。
届いていないという方、転居なさった方はお手数ですが
お問い合わせフォーム」よりお送り先のご住所をお知らせください。 事務局
あなたも福島原発事故の責任を問う刑事告訴・告発にご参加を!
I女性会議の顧問で、元参議院議員(2期)、フォーラム平和・人権・環境副代表の清水澄子さんが1月14日、肺がんのため逝去されました。享年84歳。

清水さんは長年の労働運動や女性運動の経験に裏打ちされた活動家としてのアイデアパーソンぶりと、困難を突破する行動力を発揮され、私たちをいつも励まして下さいました。

これまでの活動に感謝し、心よりご冥福をお祈り致します。

なお、昨年亡くなられた「原子力発電に反対する福井県民会議」事務局長の小木曽美和子さんとは、福井時代からの長年の同志で、昨年7月に福井県で行われた小木曽さんを偲ぶ会には清水さんも参加されました。
ご冥福をお祈りいたします。
呼びかけ人見出し
吉武輝子(評論家=故人)小山内美江子(脚本家)山崎朋子(作家)田中優子(法政大学教授)香山リカ(精神科医)渡辺えり(劇作家・女優)雨宮処凛(作家・活動家)浜矩子(同志社大学大学院教授)鎌仲ひとみ(映画監督)深澤真紀(コラムニスト)倉田真由美(漫画家)纐纈あや(映画監督)古今亭菊千代(噺家)神田香織(講談師)大河原雅子(参議院議員)湯川れい子(音楽評論・作詞)藤波心(タレント)橋本美香(ミュージシャン)道浦母都子(歌人)中山千夏(作家)福島みずほ(参議院議員)林佳恵(装丁家)高田敏江(女優)岩崎加根子(劇団俳優座・女優)綿貫礼子(環境問題研究家=故人)上原公子(元国立市長)池田香代子(翻訳家)新谷のり子(歌手)渡辺一枝(作家)福士敬子(都議会議員)清水澄子(I女性会議共同代表・元参議院議員)川崎直美(オーガニックライフスタイル・Lepasmanis主宰)吉岡しげ美(音楽家)竹信三恵子(和光大教員)上野千鶴子(ウィメンズアクションネットワーク理事長)松本侑子(作家・翻訳家・日本ペンクラブ常務理事)大石芳野(写真家)枝廣淳子(環境ジャーナリスト)辛淑玉(人材育成コンサルタント)石坂啓(漫画家)きっこ(「きっこのブログ」)宇梶静江(アイヌ連絡会)松田美由紀(女優)いとうえみこ(絵本作家)羽田澄子(映画監督)朴慶南(作家)森田ゆり(エンパワメント・センター)加藤登紀子(シンガーソングライター)伊藤比呂美(詩人)

澤井正子(原子力資料情報室)大林ミカ(環境活動家)満田夏花(FoE Japan)平田仁子(気候ネットワーク)山口泰子(ふぇみん婦人民主クラブ)赤石千衣子(しんぐるまざあず・ふぉーらむ)アイリーン・美緒子・スミス(グリーン・アクション)鈴木かずえ(母・グリーンピースジャパン核・エネルギー担当)富山洋子(消費者運動)崎山比早子(高木学校)マエキタミヤコ(サステナ代表)

山口たか(福島の子どもたちを守る会・北海道)水野彰子(島根・弁護士)福武公子(もんじゅ・弁護士)小木曽美和子(原発反対福井県民会議=故人)池島芙紀子(ストップ・ざ・もんじゅ)兼松秀代(放射能のゴミはいら ない!市民ネット・岐阜)佐野けい子(浜岡・静岡市議)芦原康江(島根原発増設反対運動)竹田とし子(大間原発訴訟の会代表)小笠原厚子(大間原発反対あさこはうすの会)石丸初美(玄海原発プルサーマル裁判の会)佐原若子(六ヶ所・歯科医師)高島美登里(長島の自然を守る会・上関)武藤類子(ハイロアクション・福島)佐々木慶子(沈黙のアピール・福島)吉岡政子(釜ヶ崎「ふるさとの家」)菊川慶子(花とハーブの里・六ヶ所)中村隆子(祝島婦人会会長・祝島島民の会運営委員)島田清子(美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会)鳥原良子(川内原発建設反対連絡協議会)佐藤幸子
女達の脱原発宣言
東日本大震災と津波に起因する福島第一原発事故によって、多くの人々が家を追われ、生活を壊され、思い描いた未来を奪われました。大都市部の電力需要をまかなうために、経済難にあえぐ地方に押しつけられた原発は、計画当初から事故の危険性を指摘されてきました。しかも、放射性廃棄物を処理する方法はありません。にもかかわらず、原発を推進するために政府と電力会社などは「安全神話」を流布し、市民を欺いてきました。その結果起きたのが福島原発事故なのです。

原発推進派の人々は言います、「原発がなければ日本の経済活動は成り立たない」と。しかしそうでしょうか。原発がなくても電力は足りるという試算があります。自然エネルギーを促進することによって、さらなる電力を生み出すことも可能です。この狭い地震国に17か所54基もの原発が乱立するのは危険です。この状況は、男性優位社会における利潤追求を最善とする価値観の象徴ともいえるでしょう。

被爆国日本で反核の街頭署名にたちあがり、日本と世界に核廃絶運動を広げる原動力となったのは女性たちでした。その女性たちの力で、今再び世界に新たな価値観を示し、原発に頼らない社会を実現したいと、私たちは願っています。

危険な土地、危険な水、危険な空気を次世代に残すことはできません。福島原発事故を人類最後の原子力災害とするために、私たちは今日ここに集いました。私たちは、放射能におびえる暮らしを未来に遺すことを断固拒否し、ここに宣言します。

原発はいらない。


2011年11月23日
11.23キックオフ!「脱原発をめざす女たちの会」参加者一同
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